旅に出る理由というのは、誰にとっても同じというわけでは決してあるまい。
ある人は、「会社を辞めて旅に出る」のであろうし、また、ある人は、例えば学生であって「見聞を広めるために旅に出る」ということもあろう。
少なくとも、何かの目的があって旅に出るというのが一般的な旅のあり方であろうと思う。
しかし、私の今回のヨーロッパ旅行にはほとんど明確な目的が無かった。名所、旧跡にはもともと興味がない。ガイドブックを見ながら、真剣にそのガイドブックに載っている写真を見て、その観光地に赴き、「ああ、同じものがここにあった!」といって喜ぶこともない。
歴史というものに多少の興味があれば、有名人の墓などを訪れて懐旧の情にふけるということもあるのだろうけれども、私は歴史にもさほど興味がなかった。
私にとっての海外旅行というのは、徹底的に骨休みのための、日々の労働を忘れて、旅先でのんべんだらりと過ごすという、ただそれだけのことであった。
もちろん、初めて海外旅行に行ったときは違った。
あれは、二十歳の頃のことであって、当時私がまだ学生身分の頃であった。マクドナルドの深夜清掃というアルバイトに従事して、半年ほどの間、金をためてチェコに行った。それが私の最初の海外旅行であった。
私は異文化体験というものを、その旅において存分に味わうことが出来たと思う。
そして、これは若者の特権であるかもしれないが、自らが味わった異質な体験というものを過大視し、「自分はこんなにすごい体験をしたぞ、何て偉いんだ!」などと一人得意になったことも覚えている。
確かに、旅というのは人それぞれにとって、旅の経験は各人の感性に訴えてくるものがあるし、あながち無駄であるとも言えない部分がある。
しかしながら、ただ旅をすることというのは、これは仕事ではなくて、単なる遊びであるということに気がついたのは、学校を卒業して社会に出た後のことであった。
しかし、この世にある数ある遊びの中でも、旅は究極の遊びではないか?と思えてくる。
そして、旅そのものが金銭を生まないからといって、単なる娯楽であるからといって、それを自分の人生から切り離してしまうというような、そこまで合理的な考えに徹することは出来ないのだ。
※ホームページでもヨーロッパ旅行の情報を載せています。あわせてこちらもどうぞ。
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