空港内の喫茶店で飛行機に乗り込む前に一服するという瞬間は、僕にとってはおそらくこの世の中でトップ5に入るほどのそれほどの価値のある瞬間だ。
何しろ、日々の労働から解放されて「さあ、これから海外旅行に行くぞ!」という瞬間に、ワクワクした気持ちを抱えつつ、喫茶店でのんびりとタバコをふかしているひと時に、これに勝るものは無いのである。
めったに行く海外旅行ではないだけあって、僕はその喫茶店選びは非常に真剣に行なわなければならないと思った。たかが、喫茶店であるけれども、空港内のそれは雰囲気というか気分を高める上で重要なのだ。僕はかれこれ、30分近くも空港内でウロウロしていた。もっとも、スターバックスのような比較的新しく、現代的な喫茶店になると、「禁煙」のルールになっていることも多く、喫煙にこだわりつつ、雰囲気がいい喫茶店ということになると探すのに少々手間取ることになった。
僕が探しきれた範囲では、喫茶店ではなかったが、一つは中華料理屋、もう一つはファミリーレストランが喫煙できるということらしかった。
ファミリーレストランに入ってしまうと、当然のことながらファミリーが大挙して押し寄せてくることが予想されたこともあるし、また実際に窓越しにファミリーが大勢いるのが視界に入ったので、僕は中華料理屋に入ることにした。
僕はファミリーが嫌いなのではない。家族制度に反対する人間でもないのであるが、それでも、子供がうるさくギャー、ギャー泣き喚いたり、スピーカーが壊れたような子供のキンキン声をちょっとでも耳にしたら、それこそ、旅の楽しい気分が一気に台無しになるのではないかと危惧したのだ。
中華料理屋はドリンクバイキングが400円であった。
400円という値段も非常に手ごろである。腹は空かしていなかったこともあって、ドリンクバイキングのみを頼もうと思ってその店の中へと入っていった。
店に入ると、背の高い割とスリムな感じの黒い服を着た美しい女性が案内してくれた。「飲み物だけ飲むつもりですがいいですか?」とたずねると、快く承諾してくれた。
店の中には僕のほかには一人だけ中年女性が、店の隅に一人座っているだけであった。朝、割と早かった時間のせいもあろう。
僕は席につくと、さっそくドリンクをとりに、ドリンクバイキングのコーナーへと向かっていった。
アイスコーヒーにするかそれとも炭酸飲料にするか少々迷ったのだけれども、やはり、濃いアイスコーヒーによって、眠った頭をキリリと目覚めさせたいという気分であったのでアイスコーヒーにした。
そのアイスコーヒーはうまくもまずくもなかった。
ただ、僕はそのとき、そのアイスコーヒーの味というものに対してさした考えを抱かなかったと思う。それよりも、僕はそれこそボーッとしながら物思いにふけっていたのだ。
しばらくすると、制服を着た四人組があらわれて、一人は女性であり、あとの三人は男性であった。観光関連の仕事をしている人たちなのか、あるいは成田空港の職員であったのか、確認をしたわけではないので事情はさだかではない。
そうこうしているうちに、チェックインの時間が近づいてきた。
僕は重い荷物を背負い込むと、会計を済ませたあとに外へ出た。
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